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  • リバーランズの由来
    このBLOGのタイトル「リバーランズ」は、1992年の米映画「リバーランズ・スルーイット」からいただきました。ロバートレッドフォード監督作品。ブラッドピットもでてて、当時の話題作なので、レンタルビデオ屋さんにもあると思います。映像がきれいな作品です。機会があったら見てみてくださいね。

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仁淀川 加田キャンプ場

Niyodokada060331_1 今日も配達で高知いの町「あいの里」へ。帰りに仁淀川加田キャンプ場に寄る。子供の保育園が休みなので、子連れ配達である。加田には、一張りのテント、とバーベキューを楽しむ親子一組。

台風で壊れたキャンプ場整備とかで、ダンプが出入りしていた。テントを張るところあたりをフラットにする工事?よくわからないがいずれにしてもGWあたりにはキャンプする人も増えるので、そのころまでにはなおっているだろう。

トイレと水道は問題なく使えるので、いつでもキャンプ可能である。

花冷えのため風が吹くと寒い。四国山地の高い山には雪が積もっていた。

沈さえしなければカヌーも可能そうな日射しではある。

 それにしても、子供は、河原につくと必ず石投げをはじめる。DNAに埋め込まれた遠い記憶がよみがえるのだろうか。そんなおおげさな話でもないか(笑)

2月の加田キャンプ場あたりの風景

Sinkawa0326003高知県春野町を流れる新川の高知市と春野町の境界。「長浜川の切り抜き」高さ100m長さ30m幅12mにわたって山を切りくずして作られている。いやはや根性である。

さて、野中兼山について。わたしたちは、高知の各地で灌漑事業や、港をつくったりして、農業、産業振興のために尽力した土佐藩の奉行野中兼山として教えられる。しかし、実際は、計画したのは野中兼山で、お金や、労働力を提供したのは兼山ではない。その近所に住む民衆である。

 以前、見たデータで、安芸市あたりに港をつくった時、その港をつくるためにお金を供出させられつぶれた庄屋13、きびしい労働のため夜逃げした村民120人程度、というのがあった。

つまり、国をよくするために国民に「痛み」をおしつけたどっかの国みたいなことが当時、行われていたわけだ。

 土佐の生産性は確実に向上した。しかし、その後、兼山はその功績の大きさ故に、やっかみをかい失脚させられ、その子孫まで幽閉させられる後年を送る。(高知出身宮尾登美子著「婉という女」にくわしい話があるらしい。私はよんでないのですみません)

民衆に痛みをおしつけて行われた事業をどう評価するのか、人により違うと思う。それにしても、高知のあちこちに点在するその遺構たちの見事さ、水路等のシステムの見事さは、ただ関心するばかりではある。

新川 仁淀川支流の風景・片木太郎先生のこと

Sinkawa032602 高知県春野町を流れる新川は、もうすぐ海、というところで海に向かう川(写真左)と高知市に向かう川(写真手前が高知市方面)に分かれる。(クリックで拡大)

私が、「新川」に興味をもったのは、片木太郎先生のおかげだ。片木太郎先生は、高校時代の美術の先生であった。私たちのクラスをもったころには、そろそろ60才になろうかというころで、淡々とのんびりと授業をしていた。授業のことはあまりおぼえていないが、自分が外国旅行にいった時のことをスライドで見せてくれたりした。そのとき、ホテルで撮った鏡に映る自分の写真のことを長々と説明してくれた。「そんなこと外国で写真撮る必要ないやん」などと思ったりした。たしか、腰をいためたとかで、重心がかたよらないようにデイパックを背負って、腰に負担がかからないように荷物の重量を制限しているためお弁当の重量まではかって、蜜柑を入れると重量オーバーする」などと言う話をしていた。バカな生徒は、そんな話しか覚えていない。そういうものだ(笑)

 ある夏の日、退屈して新聞を読んでいると、すごく気持ちのいいイラストがある随想を見つけた。まず、イラスト(版画)が気に入った。文と絵「片木太郎」と書いてあった。あれ、これ先生やん。たしか「新堀川の跳ね橋」の話だったと思う。

 それから、時々高知新聞に載る片木太郎先生の記事を探すようになった。先生の版画にはいつも小さく帽子をかぶった自分自身と「RO」(太郎の郎だと思う)という文字が入っていた。

それから、しばらくして片木先生が春野を歩いた文章が掲載された。

長浜でバスを降りて、太平洋沿いの堤防をずっと歩いて、「新川の落とし」まで歩いてかえってくる。そんな話だった。

それから「新川の落とし」を見に行きたいと思うようになった。実際見に行ったのはそれから、2年くらいあとだったと思う。ずいぶん昔の話だ。

片木太郎先生が、高知の画壇で、偉い先生だと、高知の大学に入って特設美術の生徒たちに聞いた。個展を開くとすぐ売れてしまう、人気のある先生だと、別の知り合いに聞いた。片木先生は、教員退職後、高知大学教育学部特設美術科で非常勤講師等をされ、1999年4月永眠された。

ずいぶん偉い先生だったようだが、私には正直なんだかピンとこない。

たぶん、私にとっての片木先生は、自身の版画の中でいつも帽子をかぶって立っている「RO」なのだ。(もちろんその姿は、高校で時々見かけた、偉ぶったりしていない、飄々とした、姿勢のいい、当時としては珍しいデイパックを背負った穏やかな先生と私の中でいつもオーバーラップするのだけれど・・・)

新川 仁淀川支流の風景

Sinkawa032601 高知県春野町をぶらぶらするのが大好きだった。サイクリングをやっていた中学生のころ、田舎道を自転車で走るのは最高に気持ちよかった。減速しないと車のすれ違いが出来ないくらいの道幅の曲がりくねった道は(今考えると八十八カ所めぐりの遍路道だ)交通量も少なく、まさに自転車で走るのに最高だった。そしてなにより、その道によりそうように張りめぐらされた水路の水はきれいで自転車に乗りながら、いつもこの用水路をゴムボートで下ってみたいと思ったものだった。私のカヌー(川下り)へのあこがれはここからはじまったのかもしれない。今考えれば、その用水路は仁淀川からはじまる新川の水だった。

 新川をカヌーで下れないかとひそかに思っていた。そして昨日、新川の落としから続く水路をたどってみた。でも、おかしい。何かが違う。春野町役場の南側にある親水公園から上流、下流と眺める。

 この川は何かが違う。その思いは、一つの答えとなった。「この川は愛されてないのだ。

 農地を流れる川の水は、農業に深く関わる。生活に深く関わる。だから、みんな川を大事にする。川干(冬から春にかけて川をせき止め、川を清掃する作業)や、堤防の草を刈る作業や、地域の人たちの川に対するメンテナンスで、川はその美しさをを保つ。なぜかこの新川にはそんな様子が感じられない。何かが違うのだ。

 そして頭の中で、新川の流れを思い出してみた。そうだ、新川は二つの顔を持つ江戸時代の人工の川なのである。

 通常、川は、上流から下流まで、所々に堰等を持ち、その水は、上流で中流で下流で、それぞれ農地や生活をうるおす。だから、自分たちの上流部の川を人々は大事にするし、下流の人のために手入れを行う。

 ところが、新川は、仁淀川から流れはじめ、途中で分かれてゆく。分かれながら農地をうるおすためにはりめぐらされた用水路は、清々とした流れを保つ。

しかし、分かれた新川のうち「新川の落とし」からはじまる物流のための新川は、農地をうるおすことがない。

つまり、潅漑のための用水路は「上水道」であり、物流のための新川は「下水道」なのである。「物流のための新川」は物流の役目を終え、ただの下水道となってしまっているのである。

愛されることのなくなった、人が近づかなくなった「物流のための新川」には、農地からの農薬を含んだ水が流れ込み、生活用水が流れ込み、ごみが捨てられて、汚れた。汚れてますます人が近づかなくなる。

高知にしては勾配の少ないおだやかな流れが、いっそう汚れた印象を与える。この川は、おそらく高知で一番汚い川である。高知県の県庁所在地、高知市を流れる川「鏡川」でさえ、もっときれいだ。河口では、潮干狩りをする人もいる。まだ、川と人間が近くにいる関係がある。

川に人が近づかなくなれば、たぶん、多くの川が「物流のなくなった新川」のようになってしまうだろう。親水公園をつくって、それで終わり、では、ないはずだ。いつになく考えさせられた新川、だった。 

新川の落とし

高知城の桜満開

Yukitou0324 「行当のきりぬき」記念碑と咲いた桜(2006年3月24日撮影)

(クリックで拡大)昨日書いた「新川」の始まる場所「行当」

「ゆきとう」で変換できなくて「ゆき」「あたり」と書いて変換してふと思った。この場所は「行き当たる場所」つまりどんづまりの場所だったのか・・・確かにこの場所は仁淀川に向かって突き出ていて、切り抜きがなかったころには丘(岩盤)でとめられ行き来ができなかったはず。今もいの町と春野町の町境である。まあ、私の勝手な推測だが。

友人よりメールが届く。「高知城の桜が満開らしいね」。埼玉に住む友人に高知の桜を教えられる(笑)

確かにここ数日で一気に開花しはじめた桜。

「桜は言葉を話す」という学説があるらしい。以前ラジオで植物学者が言っていた。

 通常植物は、その場所場所の微気象の影響をうける。しかし桜は、谷筋の日陰の桜も、日の良く当る所の桜も同じ時期に一気に開花する。このような咲き方は他の植物ではあまりない。つまり「言語」かそれに変わる何か「連絡方法」を持っていてそれで開花している・・・という説。にわかには信じられないが、そんなこともあってもいいような気はする。いや、できれば桜のおしゃべりを盗み聞きしてみたいなあ、などと思うのである。

仁淀川 新川の落とし

Sinkawaotosi0324 高知県仁淀川の新川の落とし

江戸時代に野中兼山による治水工事でつくられた新川は、いの町と春野町の境にある「行当(ゆきとう)の切り抜き」より始まる。

「行当の切り抜き」は、仁淀川から水をひくための用水路であったが、洪水等でふさがったりすることがないように、岩盤を削って作られたため、難工事だったらしい。高さ10m幅10m長さ40mの切り抜き。5年の歳月を費やして作られた。

その新川は、春野の野を流れ、高知市まで10k以上の長さをもつ。江戸時代に作られた人工の川、である。いやはやえらいものである。

さて、新川の落としは、最初、仁淀川と平行して南に流れる新川が、仁淀川から離れ、東に向きを変える場所にある。

今は閑散としているこの場所も、江戸~昭和初期には、川船による物流の拠点でにぎわったそうである。

いの町の名産の「紙」は仁淀川を下り、新川の落としに集められ、そこで積み替えられ、高知まで新川を運ばれ、高知から関西方面に運ばれた。逆に高知からの荷物は新川をさかのぼってこの場所に運ばれた。荷物を運ぶ船はひっきりなしに新川を行き来していたという。

 川が物流のために使われていた時代の話。残念ながら私は新川で荷物を運ぶ船さえ見たこともない。ただこの「新川の落とし」に残る倉や、石畳の川床を見て、その当時の繁栄の様子を想像するだけである。

田植え・水辺の菜の花

高知県南国市で、昨日田植えが行われたとのこと。品種は「とさぴか」早場米です。収穫の予定は7月とのことでした。

高知の春は一気にやってくるので、少し気ぜわしい。

 昨日は仁淀川沿いに配達。水が増えて岸辺の菜の花が水に浸かっているところがありました。しかし、以外と水につかっているところは少なかったです。

考えてみると、菜の花もちゃんと水に浸からないところを予測して芽をだして成長しているようですね。かしこい(笑)

桜咲く高知開花宣言

3月15日(16日?)高知が桜の開花宣言、日本一早かったですね。ソメイヨシノが標準木として決められているので、この日が開花宣言ですが、山桜等はもう咲いてますね。

うちの祖母の家の桜の木は去年ばっさり切ってしまって、今年は残念ながら花が咲かずにいきなり葉がでてきてしまいました。

来年は咲くかなあ・・・

仁淀川 越知片岡の沈下橋と菜の花

Kataoka060312 高知県仁淀川片岡の沈下橋と菜の花(クリックで拡大)

少し高い所に上ると風景が一変するので山里の風景は面白い。

いつも通る道(写真右下)から少しはずれて、デジカメもって歩いて坂をのぼると、歩くたびに視界がひらけてくる。すっかり満開になった菜の花畑と、片岡の沈下橋と上流に連なる山々。天気はよくなかったがなかなか風情のある風景。(寒かった~)

所詮は素人写真。外したつもりでしっかり電線が写り込んでいた。(笑)

2月の片岡の沈下橋の様子はこちら。

おおいぬのふぐりとつくし

Tukusi0312 おおいぬのふぐりが満開になってきました。高知市介良の畑にて撮影。一緒につくしも顔をだしました。(クリックで拡大)

見逃してしまいそうな小さな風景ですが、じっくり見ると本当にきれいです。

ついでに、つくしはおいしいです(笑)。1本1本、はかま(まわりについているところ)と頭をとって卵とじにしていただきます。手間のかかるわりに食べるのは一瞬。これぞ贅沢!なのかもしれませんね。

田んぼに水はいる

高知の田んぼに水が入り始めました。宮崎県や鹿児島県と超早場米の出荷を競っている高知。昔は、二期作でも四月に入ってから稲をうえていたので、少しずつ田植えが早くなってますね。(小学校の新学期のころ田植えをしていたのをおぼえています。)早いのはいいのですが、味はあんまり評判がよくないようです。まあ、新米は縁起物だからいいか?

 しかし、今日は寒の戻りで、寒い一日。山間部では雪のところもあるようです。なんだか不思議な感じです。

かえる目覚める

Kaeru0305 高知市の畑を散歩してたら、アマガエルが1匹跳ねていた。(クリックで拡大)となりの畑を耕したようなので、そこで無理矢理起こされたのかもしれない。まだ、眠そうである(笑)まあ、この気温だったら大丈夫だろう。おおいぬのふぐりぺんぺん草の中で、のんびりと跳ねていた。

仁淀川河口大橋より 3月3日

Niyodokakou060303 仁淀川河口大橋より海を望む。ここ数日の雨で橋の下の流れは強く、波打ち際の波を海側に押していました。

きれいな波がたっていたのですが、サーファーはいませんでした。きらきらと輝く海は、ずっと眺めていたいような気持ちにさせました。日射しはすっかり春です。1月の仁淀川河口はこちら。やはり光が違います。

ヘリオトロープの花3月03日

Bajiru0223 高知はやはり暖かいのか、1月20日に書いたヘリオトロープの花ですが、無事に冬を越しました。他に室内で特に加温せず冬を越したのは、ローズゼラニウム、レモングラス、ステビア、バジル。バジルはさすがによれよれになって、病気もでてしまいましたがなんとか生きています。(写真)

通常、上記のハーブたちは、高知でも屋外だと地上部が枯れたり、霜や、凍結で枯れてしまったりします。(バジルはほぼ100%枯れます)屋外で風の強い場所のほうが霜がおりずに生き残ったりする場合がよくありました。今年はじめてやってみた室内越冬実験でしたが、バジル以外は、上出来でした。

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