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新川 仁淀川支流の風景

Sinkawa032601 高知県春野町をぶらぶらするのが大好きだった。サイクリングをやっていた中学生のころ、田舎道を自転車で走るのは最高に気持ちよかった。減速しないと車のすれ違いが出来ないくらいの道幅の曲がりくねった道は(今考えると八十八カ所めぐりの遍路道だ)交通量も少なく、まさに自転車で走るのに最高だった。そしてなにより、その道によりそうように張りめぐらされた水路の水はきれいで自転車に乗りながら、いつもこの用水路をゴムボートで下ってみたいと思ったものだった。私のカヌー(川下り)へのあこがれはここからはじまったのかもしれない。今考えれば、その用水路は仁淀川からはじまる新川の水だった。

 新川をカヌーで下れないかとひそかに思っていた。そして昨日、新川の落としから続く水路をたどってみた。でも、おかしい。何かが違う。春野町役場の南側にある親水公園から上流、下流と眺める。

 この川は何かが違う。その思いは、一つの答えとなった。「この川は愛されてないのだ。

 農地を流れる川の水は、農業に深く関わる。生活に深く関わる。だから、みんな川を大事にする。川干(冬から春にかけて川をせき止め、川を清掃する作業)や、堤防の草を刈る作業や、地域の人たちの川に対するメンテナンスで、川はその美しさをを保つ。なぜかこの新川にはそんな様子が感じられない。何かが違うのだ。

 そして頭の中で、新川の流れを思い出してみた。そうだ、新川は二つの顔を持つ江戸時代の人工の川なのである。

 通常、川は、上流から下流まで、所々に堰等を持ち、その水は、上流で中流で下流で、それぞれ農地や生活をうるおす。だから、自分たちの上流部の川を人々は大事にするし、下流の人のために手入れを行う。

 ところが、新川は、仁淀川から流れはじめ、途中で分かれてゆく。分かれながら農地をうるおすためにはりめぐらされた用水路は、清々とした流れを保つ。

しかし、分かれた新川のうち「新川の落とし」からはじまる物流のための新川は、農地をうるおすことがない。

つまり、潅漑のための用水路は「上水道」であり、物流のための新川は「下水道」なのである。「物流のための新川」は物流の役目を終え、ただの下水道となってしまっているのである。

愛されることのなくなった、人が近づかなくなった「物流のための新川」には、農地からの農薬を含んだ水が流れ込み、生活用水が流れ込み、ごみが捨てられて、汚れた。汚れてますます人が近づかなくなる。

高知にしては勾配の少ないおだやかな流れが、いっそう汚れた印象を与える。この川は、おそらく高知で一番汚い川である。高知県の県庁所在地、高知市を流れる川「鏡川」でさえ、もっときれいだ。河口では、潮干狩りをする人もいる。まだ、川と人間が近くにいる関係がある。

川に人が近づかなくなれば、たぶん、多くの川が「物流のなくなった新川」のようになってしまうだろう。親水公園をつくって、それで終わり、では、ないはずだ。いつになく考えさせられた新川、だった。 

新川の落とし

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