2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

おすすめブログ

よかったら見てね

  • リバーランズの由来
    このBLOGのタイトル「リバーランズ」は、1992年の米映画「リバーランズ・スルーイット」からいただきました。ロバートレッドフォード監督作品。ブラッドピットもでてて、当時の話題作なので、レンタルビデオ屋さんにもあると思います。映像がきれいな作品です。機会があったら見てみてくださいね。

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 異常気象 | トップページ | 高知城と水害と功名が辻 »

昔高知は水の中

紀貫之のころ高知市は、ほとんど海の中だったようである。

「土佐日記」に記されているが、紀貫之は、高知に赴任するとき、船でやってくる。その船は、(今の高知市の一番山手)一宮まですすみ、そこから歩いて峠を越える。

前任のものとその峠で会う。その峠が今の逢坂(おおさか)峠である。逢うから逢坂峠。

今も地名に残るが、比島、竹島、葛島等は、紀貫之の頃は高知湾に浮かぶ島だった。大津の「津」も海に使う地名だから、大津あたりまで海だったのであろう。

 紀貫之の頃の高知の中心地は現在の南国市である。

南国バイパス、南国市の「カーサシモダ」や「ネレウス」から(ローカルですみません)、北に向かう道を進むと、途中少し上り坂になる。(アイビーログ工房がある少し手前)。その上が、台地のようになっている。その段差は、東西にずっと伸びているが、この段差こそが昔の海と陸の境界線では、なかったか、と思う。紀貫之の務めた「国府」はこの段差の上、台地の上にある。

 そう考えると、今の南国バイパスも、高知龍馬空港も、高知市の大部分も昔は、海の中。

 逢坂峠で紀貫之の見た風景を想像する。山際まで浅瀬がつづき入り江に点在する島々。水は澄み、生き物もたくさんいただろう。今とはずいぶん違った美しい風景だろう、と。

 地球温暖化がすすんで、海面の水位上昇がつづけば、高知市は、「土佐日記」のころの海に戻るのだろうか?

« 異常気象 | トップページ | 高知城と水害と功名が辻 »

「旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/27029/1475448

この記事へのトラックバック一覧です: 昔高知は水の中:

« 異常気象 | トップページ | 高知城と水害と功名が辻 »