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    このBLOGのタイトル「リバーランズ」は、1992年の米映画「リバーランズ・スルーイット」からいただきました。ロバートレッドフォード監督作品。ブラッドピットもでてて、当時の話題作なので、レンタルビデオ屋さんにもあると思います。映像がきれいな作品です。機会があったら見てみてくださいね。

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めった!高知のサグラダファミリアやと!

先日、J-WAVE午前中の番組(BOOM TOWN)を聞いていたら、リンカラン(心とからだにやさしい生活、スローライフを提案するおしゃれな?雑誌)の最新号紹介のコーナーで、「本日の紹介は、高知市薊野(アゾノと読む、地名)の「沢田マンション」です。と紹介された。高知のサグラダファミリア(聖家族教会、建築家ガウディが設計し、未だに建築中の建物)と呼ばれている、とのこと。

めった!

 私が沢田マンションを知ったのは、もう20年も前のこと。近くに知り合いがいたのでその前を通り、いつも沢田マンションの横の雑貨屋さんの自販機で煙草と缶コーヒーを買っていた。

 田んぼと山手の境の曲がりくねった狭い道の途中。その山は墓山で、江戸末期の「人斬り以蔵」の墓がある山。

 ある日ふと沢田マンションのほうをみると、半地下になった場所に鉄格子があり、その中に、大きな機械があり、裸電球に照らされて、その機械は低いうなりをあげていた。「気持ち悪!」正直思った。あたりには建築資材が乱雑に積み上げられ、もし、誰かがここから出てきて私のほうに向かってきたら、私は一目散に逃げるだろう。そう思った。

 私のまわりの者に聞くと、みんな沢田マンションを知っていた。「幽霊マンション」「違法建築」「気持ち悪い」誰もがネガティブにそのマンションの事を話した。

 いつみても、柱からは鉄筋がつきだし、増築が続けられている建物。

 「あれこそ、混沌、まさにカオスである。」当時建築の勉強をしていた走る建築士saitamakujira氏は、アジアの混沌、香港の「九龍城砦」を重ね合わせてそう言った、と、私は記憶する。

 いつの間にか、誰もが「九龍城」と呼ぶようになった。

 時代が下がり、私が勤めていた会社の社長がこのマンションに数ヶ月入居した。社長をマンションまで送った社員(このマンションを初めてみたらしい)が言った。「あれは、何?」「あれは有名ですよ。「九龍城」」そういうと、彼は言った。「違う、あれは、サティアンや」

 折しも、あの宗教さわぎの頃である。社長が宗教家の本を読んで感動したらしい・・・という噂もかさなり、私たちの会社では、「サティアン」と呼ばれるようになった。

やがて、沢田マンションの前の田んぼは埋め立てられ、「北環状道路」と呼ばれる「高速道路高知インター」とのアクセス道ができ、かつての田んぼだらけの風景は一変。郊外型店舗ひしめくにぎやかな場所となった。

 沢田マンションには、アーティスト?な人々が入居し、インターネットで紹介され、住民たちのHPが評判となり、本まで出され、「スローライフ」な建物として、前述のラジオで紹介されたりしている。

 時代は変わる・・・あのころ、誰がこんな風に変わってゆくと思っただろう。あしゃあ、ようわからん(私は良く分らない)。めった!

めった!・・・困った、参ったの中間くらいの意味の土佐弁。「めっちゅう」と動詞的に使うこともある。ちなみに、saitamakujira氏の高知在住時代のあだ名は「めった!」らしい(笑)

 「九龍場砦」(くーろんじょうとりで・きゅうりゅうじょうとりで)「サグラダファミリア」をよく知らない方は、検索してちょっとお勉強してみてください。どちらもかなりの感動を与えてくれます。

 

 

 

仁淀川カヌー

高知の仁淀川定点撮影(柳瀬橋上より)10月27日(金)午前11時頃のデータ渦ノ谷地点で水位0.81、不動地点▲0.53国土交通省のデータより。今日は、都合により定点撮影なし。

何故なら・・・カヌーに行ってきた。いそいでいたので定点に寄らなかったのである。

ずいぶん久しぶりである。なんと6月12日以来ここは、カヌーの記録ためのブログではなかったのか?(笑)

Niyodo0610270004 まあ、それはそれとして、早速越知の本村キャンプ場から出発。

6月に一緒に行ったmatu氏と2人で下る。

それにしても、水が少ない。

Niyodo0610270007 放水口手前のいつもは濁っている所も澄んで底まではっきり見える。底にカヌーの影が映っている。魚が泳いでゆく。気持ちのいい天気である。

放水口を越えて、瀞場を抜け右へ。山の土砂が川に流れ込んでいるところがあり、水をせき止め、少し様子が変わっている。

とにかく水が少ない。なんとか下れるものの所々で底をする。

鎌井田の沈下橋は、補強工事なのか、川を掘っており、橋の下の所も流れが変わっている。下る人は下見をしておいたほうが安心。

Niyodo0610270012  浅尾の橋をくぐり、そこからは大変。いつもの瀞場がますます瀞場と化して、スピードでない。

片岡の瀬もちょろちょろ、片岡の沈下橋を越えて、黒瀬まで下るが、とにかく瀞場の連続。疲れました。

3枚目の写真。これは夏雲ではないのか?愛媛から来たmatu氏は「暖かい!」を連発。私も持参した上着を羽織ることなく、半袖のTシャツ1枚で下る。

 他に下る人もなく(川船は1艘会った)、2人きりで、高知の夏?を満喫してきました(笑)

越知町横畑本村キャンプ場12時出発・・・黒瀬キャンプ場15時15分着。(ちょっと時間かかりすぎ)

今日の沈・・・matu氏下から出た岩に引っ掛かり沈。私はダッキーだったので余裕の無沈(笑)

仁淀川 まだまだ渇水中

Yananose0610250052 高知の仁淀川定点撮影(柳瀬橋上より)10月25日(水)午前11時頃の写真。記録し忘れたので正確ではないが渦ノ谷地点で水位0.83、不動地点▲0.52の22日とほぼ変わりなし。

雨らしい雨が降らないので水量がいっこうに増えない。写真右のほうは、ある程度水量があればカヌーで下れるのだが、最近は入り口がふさがってしまったままだ。

Shogasebasi061025 勝が瀬の沈下橋より下流を撮影。水は澄んでいる。おだやかである。

26日の夜は、ほんの少し雨がぱらついたが傘もいらないくらいだったので、水量は増えそうにない。

さすがにまとまった雨がほしいなあ・・・

高知城

ぢぢいの思い出話じゃ。昔、ちょっと悪いことをした。もう時効だと思うが・・・・

NHK高知放送局のHPに「功名が辻最後の高知ロケ」という記事があり、その中に「上川隆也さん、仲間由紀恵さんが天守閣に立って、2人が築いた高知城から、高知の街並みを眺めるシーンが撮影されました。」という写真があって思い出したのだが・・・

私が高校生の時、高知城の天守閣で弁当を食べたことがある。

 お城の近くの高校だった。高校1年の今頃だったか、ふと思い立って「高知城天守閣で殿様気分で昼飯を食おう!」と思いついた。何人かに声をかけたが、絶対怒られるからイヤだ。と断られた。一人だけ「面白い」という者がいたので2人ででかけた。

 私は真面目な学生だったので、よく学校を抜け出すことができた(笑)。だいたい不良の格好して塀を乗り越えて出てゆくから怒られるのである。

 私のように真面目な格好をして正門からでてゆけばだれも怒ったりしない。先生に会えば「こんにちは!」と明るく挨拶。「何をしている?」と聞かれれば「はい、少し用事があって出かけています。」と答えればだいたいそのままだった。

まあ、真面目な生徒が集まる進学校だったので、別に悪いこともしないだろう・・・と黙認してもらっていたのが実際の話だろう。

 とりあえず、弁当をバックに入れて、入場券を買って、天守閣に上った。

秋晴れの気持ちの良い日だった。「どうする?」「どうする?」と迷ったあと、覚悟を決めて天守閣のベランダ(ひどい表現だ)であぐらを組んで弁当をひろげた。平日の昼間、観光客は2~3組くらい上がってきたが、学生服で弁当食べている私たちを見て、みんな笑っていた。「おっ、いいなあ、この場所で喰ったらうまそうだなあ」などと言いながら・・・

国宝?重要文化財?にごはん粒を落とさないよう注意しながら、天守閣弁当を食った私たちは、意気揚々と学校に帰った。

  おそらく天守閣で弁当を食ったことのある者はそうはいないだろう・・・私のひそかな自慢である。

 こんなふうにして私たちは、私たちは高知城天守閣で殿様気分で弁当を食ったのである。

え、殿様は天守閣で食事をしていたわけじゃないだろう?

おばあさんや、それは言わない約束でしょ!(笑)

 

 

仁淀川 越知 横倉山

Yananose0610220052 高知の仁淀川定点撮影(柳瀬橋上より)10月22日(日)午前11時頃の写真。午前11時のデータ渦ノ谷地点で水位0.83、不動地点▲0.52国土交通省のデータより。

この写真を撮った時には晴れていたのだが・・・天気予報どおり、午後には曇り始め夕方には雨。久しぶりの雨である。

 そのまま、23日月曜まで降るが・・・午後には晴れて太陽が顔をだした。蒸し暑く、店ではクーラーを入れた。

Yokokura0610220 2枚目写真は、越知町横倉山から見た越知の町の風景。

思ったよりも平野が広がっている。仁淀川が中央を流れる。

標高800mくらいの山頂手前まで、(道はすばらしく狭いが)車で行ける。たぶんあと25分ほど歩けば源平合戦で高知に流れ着いた安徳天皇の御陵(参考地)までいけるのだが、運の悪いことに雨が降り始め断念。10月の午後の雨は少し暗く冷たい。というかちゃんと装備も持ってきてないのに上ろうとすることが危険か?

 この場所で過ごした安徳天皇とそのまわりの人達に思いをはせる。

今、私たちは山の暮らしを不便と思うが、景色もよく、水害の心配もなく実り豊かな山の上で、下に暮らす人々を見下ろしながら暮らすのも悪くはなかったかもしれない、と思う。都を追われた無念の気持ちさえなければ・・・だが。

 「横倉山 登山」で検索すれば山の様子が色々見られる。

 平家伝説に彩られた、険しい四国の山々の一側面がこの場所にはある。

 

新庄剛志

 珍しく、(このブログでは初めて?)野球の話である。といってもナイター中継もめったに見ない人なのでたいした話ではない(笑)

 日本シリーズをやっている。車中、ラジオで聞いていて息子に「新庄剛志は北海道の人なの?」と聞かれ「北海道のチームにいるがたぶん北海道出身ではないだろう、以前は阪神にもいたし」とだけ答えた。

 答えになってないのでウィキペディアで調べてみたのだが・・・時々新庄のアホなパフォーマンス(失礼)は見かけたのだが、まとめて見るとあらためて面白い。笑ってしまう。そして表面的なことだけでない、ファンや相手球団等、自分の球団の裏方さんまでちゃんと気配りしているetc・・・色々な情報満載である。

ウィキには載ってなかったが、私が以前見たインタビューに、「メジャーに挑戦する松井秀喜選手にメッセージを!」と言われて「携帯用のDVDプレイヤーを用意するよう言ってあげて。アメリカは移動時間が長いから、移動中退屈だから携帯用DVDプレイヤーがいるから。」と彼が答えていたのを記憶している。

 なんという面白い人なんだろう・・・と思ったが・・・

 今までも嫌いではなかったのだが、これを読んで、新庄という人間を好きになってしまった。ぜひ、読んで見てください。↓↓↓ちなみに、福岡出身だそうです。

(「ウィキペディアのメインページ」へのリンク、このページ左の検索窓に「新庄剛志」と入れるとでてきます。←「新庄剛志」にダイレクトにリンクするとうまくいかなかったので)

ぶやボールと桜の木

先日、祖母の家の屋根に、ゴムボールを投げて、キャッチするあそびを子供とした。何度かそれて、横にある桜の木(昨年大きな幹を切られて小さい枝ばかりになっている)に引っ掛かった。

 面白いことに、ボールは常に桜の木の中心のところに滑り落ちる。何度やっても同じ。まあ、中心から放射状に枝が伸びて広がっているので当たり前といえば当たり前なのだが・・・

 植物、例えば竜舌蘭、アロエ、ススキ等の形を思い出してもらうとよくわかるが、落ちてきた雨水は茎の中心、つまり根の中心に向かって流れるようにできている。桜の木も同じなのだ。雨水を根へと誘導する形になっているのである。

 改めてその自然のデザインに感心。

 さて、私たちは野球のボールくらいの大きさのゴムボールを「ぶやボール」と呼んだ。軟式庭球(今はソフトテニス?)のボールも、色とりどりのカラーボール?も「ぶやボール」である。

 例の?小型の「スーパーボール」は「アッピングボール」と呼ばれていた。この「アッピングボール」は商品名らしく全国的に私たちの時代には同じ名称(他に「ウルトラボール」「サンダーボール」等の名称があったらしいが)だったようだ。

 検索しても「ぶやボール」はどうもよくわからない。

 地方(地区)限定の言葉なのだろうか?

乞う、情報(笑)

 

ぢぢいになった

 明日は、ハーブままが牧野植物園で教室のため、いつもは日曜朝に配達する荷物を届けに佐川町と越知町まで夜、車で走った。

途中、通過した仁淀川では、キャンプをしているのか河原にライト(ランタン?)の灯りが見えていた。

仁淀川を越えて往復約100k。走り慣れた道ではあるが、疲れた。

 最近年をとったと感じることがある。もうひとつのブログにも書いたが、最近の機械についていってない。そしてなにより、車の運転するときに明らかに反射神経等が悪くなっているのを感じるのである。

 視力、判断力が鈍くなっているのが自分でもわかる。体力も落ちている。だんだんぢぢいになっているのである。

 まあ、その分安全運転になるからそれはそれで悪いことはないのだろうが・・・

 ところで、最近あまり耳にしなくなったが、30年ほど前、高知の老人たちは、「じ」と「ぢ」の発音を区別できる、という話が何度か話題になっていたように思う。

 これもまた古い言葉、発音が高知という僻地に残っているせいだとも聞いたが・・・最近はあまり聞かなくなった。もう違う発音ではなくなったのか?

 私自身は、違う発音ができると思っているので、はーぶままに聞かせるが「じもぢも、どっちも同じに聞こえる」と言われる(苦笑)。

 ところで、「ぢ」で思い出したが、昔「なやむんじゃなかったな~、いちじく・・・いちじく浣腸」というラジオCMがあったのをご存じだろうか?(しらないと面白味も半減するが)実はこの曲の作曲は、あの「山下達郎」なんだそうである。学生時代にバイトで作ったらしい。

 私が小学生のころは、種崎海水浴場に時々このいちじく浣腸が漂着していた。プラスチックでできた、いちじくの実の先が少し長くなった形で、魅力的な形であった(笑)。うちでは浣腸をしたことがないので、珍しく、洗って中にジュースでも入れて飲もう、と思ったような記憶がある(笑)。一緒にいた誰かに「それは浣腸するものだ、そんなものさわるな!」と言われても、浣腸とはなにか知らないからなにか納得できない気分で捨てた。

 あのころ「子供電話相談室」を知ってたら、「浣腸」ってなんですか?とTELしていたかもしれない(笑)

 ずいぶんと話がそれた。そういえばこのブログも大きめの字で表示するよう設定している。小さい字は目がかすむ。老眼も確実に進んでいる。

Kotogahama061009 雨雲というものは、標高500mから1000mくらいの高さに出来るのだそうである。この夏、標高1000mを越える瓶が森で見た(包まれた)ガスは、雨雲ということになる。

秋によく見られるいわしぐもやうろこ雲はずっと高くて1万メートルくらいの高さに出来るとのこと。だから秋の空は高いのである。いちばん高いのは絹雲で1万5千mくらいにできるそうだ。

 という話を「子供電話相談室」の放送で聞いた。

いつも思うのだが、「子供電話相談室」は、本当にいい番組だなあ(笑)

高知では日曜朝9時からRKC高知放送(ラジオ)でやってます。

10時から11時の「三宅祐司のみんなのヒット」(本当はもっと長い時間らしいが高知ではこれしか放送してない)もかなりいい感じです。

写真は芸西村琴ヶ浜の秋の夕暮れ(雲がきれいでした)

仁淀川渇水そして宇佐の塚地坂

Yananose0610200046 高知の仁淀川定点撮影(柳瀬橋上より)10月20日(金)午前11時頃の写真。午前11時のデータ渦ノ谷地点で水位0.81、不動地点▲0.46国土交通省のデータより。

水曜日に「あいの里」がお休みで配達がなかったため、5日ぶりの仁淀川である。

いの町の橋のところにある電光掲示板「仁淀川渇水 節水にご協力お願いします」とのこと。

 写真のとおり、くもりとなったが雨降らず。

仁淀川がなんだかさみしい・・・天気のせいもあるが、やはり鮎つりがいなくなったことが原因か?いればちょっとうっとおしい、いなければなんだか寂しい・・・どっかの女房みたいだ(苦笑)

Tukajizaka0610200002  さて、今日は配達があって仁淀川河口西側の町土佐市宇佐町に行った。「塚地坂トンネル」とその前後の道が出来たのが数年前。便利になった。

Tukajizaka0610200001 塚時坂のところから宇佐の町と海と横浪半島が見える。宇佐の町は、横浪半島という小さい半島に囲まれた漁港の町である。すぐ後ろに山がせまり、北風をさえぎるので高知の中でも暖かい場所である。真冬に屋外にでっかい銀バエが群れでいるのを見た時、確信した(笑)

横浪半島には、甲子園でおなじみの「明徳義塾学園」がある。四国霊場八十八ヶ所の「青龍寺」(朝青龍の名の由来となったお寺)もある。

明徳出身は、高知東生(たかちのぼる)←昔は、東急と書いていたが、東急グループに訴えられて敗訴、改名したそうです。しらなかった(笑)。

他に、有名人は、サッカーのサントス(ブラジル)、朝青龍(モンゴル)、横峰さくら(鹿児島でしたっけ)等、高知東生以外みんな高知県以外の出身です。

 他県でもそうなのか?数年前、高知県出身選手が一人もいない高知県代表として甲子園に出場し、地元新聞にたたかれ、最近は二人くらいは高知県出身者を選手として入れているようです(苦笑)

さてさて明徳の事はひとまず終わりにして・・・

 昔は、宇佐の魚を運ぶのにトンネルの上の山を越えて行ったそうである。

写真の塚地坂トンネルの上に、今は遍路道として整備されて昔の道が残っている。塚地坂を越え、仁淀川を渡り、(先日書いた)荒倉の峠を越えて、高知のお城下まで宇佐の魚を運んだ。

 高知の名物「かつおのたたき」表面をわらでふすべて(焼いて)中が生(刺身の状態)で食べる料理だが、一説によると、魚をお城下まで運ぶと、高知の暑さでは状態が悪くなる。そこで少し火を入れたのがこの「たたき」の始まりらしい。

 いまだに夏日が続く高知にいると、なんとなく納得出来る説である。

 

仁淀川 最後の日?

Yananose0610150044 高知の仁淀川定点撮影(柳瀬橋上より)10月15日(日)午前11時頃の写真。午前11時のデータ渦ノ谷地点で水位0.90、不動地点▲0.44国土交通省のデータより。

10月1日以来ちゃんとした雨降らず。28度くらいの夏日(気温25度以上)が続く。朝夕はずいぶん涼しくなったのだが・・・。

仁淀川の鮎釣り最後の15日(落ち鮎漁は12月1日~31日らしいが)。越知から、いの町まで鮎釣りの人いっぱい。

Ochikocumosu061015 越知町では、「コスモス祭り」の真っ最中。配達の途中なので、写真だけ撮影して通り過ぎる。けっこうにぎわっている様子。

片岡の沈下橋で一休み。夫婦?で投網をしている人をみかける。

Kataoka06101501 男性が船をあやつり、時々網を投げ石をなげ、女性が網を回収・・・という作業を繰り返す。

たしか、高知の投網は片手で投げる独特のスタイルだったと思う。30年くらい前に保存会のようなものが出来たとTVで見たが・・・見かけた網は広がるタイプの網ではないが、片手で投げている。幅80cmくらいで長さ5mくらいか、あまり採れているようではない。

Kataoka06101502

 投網のほうが竿で釣るよりたくさん採れるような気もするが、以外とそうでもないのかもしれない。釣りの技術は日々進化している(釣り具メーカーに踊らされているような気もしないではないが?)、投網は昔ながらの方法。昔はもっと採れていたのかもしれない、そう思うと、川も変わっていっているのだと思う。

 思えば、自然遡上している鮎がどのくらいいるのか?放流された琵琶湖あたりの養殖鮎をただ釣るのでは、巨大釣り堀で遊んでいるに過ぎない。

 上流で産卵し、生れた鮎は、下り、海で過ごす。そしてまた上流に上ってゆく。上流から、河口周辺まですべての環境が整っていなければ自然遡上の鮎は減ってゆく。

 時々、仁淀川で鮎釣りしている方達のブログをのぞくが、釣果ばかりで上記の問題等についての記述はほとんど見ない。

 鮎釣り師たちは、これからも入漁漁という「釣り堀代」を払って、放された鮎たちを釣り続けるのだろうか?

(もちろん、漁協は、鮎の産卵地の整備等にも「入漁料」を使っているようです。もっと川で遊ぶ人達が「遊ばせてもらっている川や自然のあるべき、未来」について考えてくれるようになればいいと思う・・・そういうことです。)

地元バトン

ogikubo氏よりご指名ありましたので、記入してみます。

①どの都道府県に住んでいますか?

 高知県です。

②標準語圏内ですか?

 高知弁(土佐弁)です。イントネーションは、関西言葉に近いです。

③方言があるなら種類や特徴や珍しい方言を…。

 猫とネズミが話しているように聞こえるらしいです。

  そうやにゃあ(そうだね)

  あれ、しっちゅう?(あれ、知ってる?)

  変わるにかわらん(かわるらしい)

  のうがわるい(いごごちが悪い)

  へこいちや(ずるいよ)

④地元の有名な場所などは…?

 桂浜、四万十川、龍河洞など

⑤地元の有名人や歌手を教えてください。

  坂本龍馬、吉田茂(総理大臣)、板垣退助、岩崎弥太郎(三菱創始者)、中江兆民等、明治維新  の頃の人等が、いろいろいますが、司馬遼太郎いわく「高知は、地元では、偉人の独自の思想を理解しようとせず足をひっぱってばかり。みんな高知を離れてから実力を発揮した人ばかり。」だそうです。確かにそうだと私も思います。(苦笑)

 他に、ソニン、広末涼子、川谷拓三(故人)等

⑥地元のここだけは許せない。

 他県(本州)が遠い、遠すぎる。

⑦私の地元に住んだらこんなメリットがある。

 暖かい。人が少ないのでのんびりしている。

⑧地元で一番多い名字は?

 浜田、田中、小笠原など。高知は鈴木は少ないです。

⑨ネット友達で近所の人にバトンを回しましょう。

 だれかお願いします。

⑩↑の友達を除いた5人にもバトンを回しましょう

 だれかお願いします。

以上です。面白いものですが、⑨⑩は、誰か手をあげてくれるのを待つことにしますね。

Yananose0610130042 高知の仁淀川定点撮影(柳瀬橋上より)10月13日(金)午前11時頃の写真。午前11時のデータ渦ノ谷地点で水位0.90、不動地点▲0.42国土交通省のデータより。

晴れて乾燥した日が続く。秋になったからと油断していると、日射しが傾きはじめて、車や店の中に光が差し込んできてひどく暑い。しかも乾燥している。アリゾナ砂漠のサソリになったような気分?である。

定点観測の写真も砂煙なのか?なんだかかすんでいる。

ブログでも、ラジオでも「簡保の下」で鮎が釣れている、との情報。

Ayutekkyou061013 のぞきにいってみると、こりゃあ大変。平日なのにいっぱいの釣り人。

(左写真クリックで拡大。釣り人だらけである。)

この場所は、いのの町のすぐ横、写真はJRの鉄橋。

国道33号線のすぐ下でアクセスもいい。改めて、高知は自然が豊かなのだなあ・・・と感心。

荒倉トンネル

Arakura061011 高知市と春野町(西武ライオンズが以前キャンプをしていた町です)をつなぐ荒倉トンネル。

実は、乳飲み子をおぶって登れる近郊の近い山を探していたのだが、その時、このトンネルが出来る前の峠の紹介があった。

「トンネルができたのは昭和49年頃」との記載があり、ちょっと不思議に思った。このトンネルは、国道56号線にあり、交通量も多い。私が生れた頃にこのトンネルはなかったのか?ちょっと以外な気がして「荒倉トンネル」で検索したのだが・・・・「TNL project」というHPに行き着き見入ってしまった。どこの誰なのか知る由もないが、四国のトンネルを通過しまくるというコンセプトで延々作られているHPである。

まず思った。荒倉トンネルってこんなに汚かったっけ?以外と見ているようでみてないものである。

 改めて見ると、(特に近年の)トンネルは地味である。20年ほど前に、「トンネルを一発で掘る機械」が発明されたと聞いたことがある。つまりトンネルの大きさのでっかいドリルで掘り進める。これにより飛躍的にトンネルを掘るスピードが上がったらしいが、それのせいなのか同じように見える。昔のトンネルは手彫りのおもしろさがあるなあ。

 それにしても、延々とトンネルの写真。例えば橋とかは、もう少しデザインや、まわりの風景が楽しめるのだが、トンネルの写真って・・・う~む。

Arakura06101102 で、肝心の荒倉トンネルができたのはいつなのかよくわからなかったので、今日通りかかった時行ってみた。

200年ころ、トンネル内部がはがれて落ちて危険!ということで改修。その年が銘板に掘られていて、いつ出来たのか解らずじまい、である。 

連休の仁淀川

Yananose0610080041 高知の仁淀川定点撮影(柳瀬橋上より)10月8日(日)午前11時頃の写真。午前11時のデータ渦ノ谷地点で水位0.90、不動地点▲0.41国土交通省のデータより。

世間は3連休。越知町のコスモス祭りも始まり、県外からの車も多い。鮎釣り、カヌー、バイク、自転車とみんな仁淀川沿いの景色を愉しんでいる様子。

Yananose0610080041canoe 柳の瀬橋から撮影していると、カヌーが下ってきた。

「仁淀川カヌー」の三浦さんだと思う。小学生らしき子供を3人連れて下ってゆく。あとでHPの日記をみせていただいたらやっぱりそうでした。三浦さんは、何度かお見かけしているのだが、まだお話をしたことがない。「日記」によるとフジタカヌーの人たちが「あいの里」下でキャンプして30名ほどで下っていったらしい。なるほど、「あいの里」スタッフが「今日はもうカヌーを30艇くらい見た」と言ってたのはこのことだったのか。

 越知、佐川、あいの里と配達してお昼には家に帰る。途中朝倉からいの町にゆく道がひどく混雑していた。越知のコスモス祭りへいくのか仁淀川にいくのか連休はこの道はよく混む。

 家でF1観戦したあと夕方にふと思い立って、市内を一望できる、「皿が峰」に向かう。もう日が暮れる寸前だったが、夕暮れがきれいなので登った。

Saragamine0610080014 標高160m程度だが、高知城の南の筆山に続く山で、山頂からの景色はすばらしい。筆山の車道を行き、15分くらい歩けば着く。

うちの家族の後ろをおじさんがずっとついてきて、ちょっとあやしいかんじだったが・・・よく考えれば、夕暮れせまる人気のない山に乳飲み子を背負って、幼子の手を引いて登っている私たち家族のほうが怪しかったのかもしれない。(笑)。つかずはなれず、時に一声二声かけながら、のぼって下りるまで、ずっとついてきてくれた。

 心配してくれたおじさんに感謝、である。

 

 

わくわく仁淀川

Yananose0610060028 高知の仁淀川定点撮影(柳瀬橋上より)10月6日(金)午前11時頃の写真。午前11時のデータ渦ノ谷地点で水位1.00、不動地点▲0.28国土交通省のデータより。

中州がまた、大きくなった。太平洋にある2つの台風(1つは熱帯低気圧になった)の影響で晴れたり曇ったり。南にむけて風が吹いている。

水が澄みはじめた。これからの時期、川の水はきれいになる。夏がおわるとみんな川から離れていくが、今からの川がきれいなのだ。のんびり眺めてみてほしい。

さて、仁淀川添いをラジオを聞きながら配達中、

10月28日仁淀川わくわく体験(カヌー、ツリークライミング、アート作品づくり等)締切:10月10日(リンクしてあります。一番下(新着情報)より詳細ページにいけます。

の広報をしていたので、早速ネットで調べて、連絡。小学生の息子と参加する事にした。
①山の体験・・・ツリークライミング②川の体験・・・カヌー③海の体験・・・川船の川漁見学を選べるとのことだったので子供に聞いてみた。「いつも山に行くから海にする」とのことであった。私は①か②が良かったのだが・・・まあ、主役の要望に添うことにしよう。

ラジオでいろいろイベント紹介をしていたが、ほとんどが「土曜日開催」であった。以前参加させていただいた、「ガサガサ探偵団」さんのイベントにも参加したいが、こちらも土曜日。日曜日、祭日休みの自営業にはちょっとつらい。

 なんとか仕事にケリをつけて参加しよう。

高知の結婚式とタキシード

さて、高知の言葉「番外編」ではあるが、最近のぞきに行ってる、「土星人さん」のブログに、スーツをオーダーした話があった。

私は、スーツを着る生活をしてないので、縁がないが、昔々、紳士服業界に勤めていたので、いちおう知識はある。(忘れかけているが)

 そのころ、お勉強したことに、「礼服」がある。本来、正式な礼服というものは、

①太陽がでているときは、モーニング(燕尾服)後ろが長いやつですね。今では、天皇陛下とお会いする人とか国会の開会のときの首相くらいしかみかけませんが・・・

②太陽が沈んだら、タキシード

だそうなんである。紳士服屋さんで売っている「礼服」(ブラックスーツ)は、すべて「略礼服」。正式ではないのだそうだ。

 ちゃんとお勉強した以上、これは「正式な礼服を作らねばなるまい」と思い、ヘチマ襟(エリがとがってないタイプ、アメリカ映画の夜のパーティとかで着てますよね)のタキシードを購入。蝶ネクタイと共生地のカマーバンド(腹巻きみたいなやつ(笑))も揃えて準備万端。

 早速友人の結婚式へ出かけた。高知の結婚式は、親族でも略礼服、モーニングを着るのは、新郎新婦の父親くらい、その他の人はスーツばかり。せめてネクタイだけでも白いのにすればいいのに・・・と思うのだが、ダークな色のネクタイも多い。

 もちろん、正式な礼服「タキシード」は私くらい。いやあ、いい感じである。ちょっと自慢だった。席をたって歩いているとみんなが声をかけてくる。「すみません」「はい?なんでしょう」「ビールもってきて」「わかりました」そこらにいる式場スタッフに声をかける。「あちらのテーブルにビールお願いします・・・」

 高知の結婚式に、燕尾服を着ていくと、新郎新婦のお父さんと思ってもらえます。タキシードでいくと「ボーイさん」と思ってくれます。

 高知の結婚式は、また後日くわしく書きますね。かなり他県の結婚式とは違います。はっきり言って、ぐだぐだです(笑)

 この記事は、土星人さんのブログにトラックバックさせていただきました。

土星人さん、変な話で御免なさい(笑)

せられん!

Seraren061004 スーパーでトイレに行ったらみょうな張り紙があって笑ってしまった。

 これを、土佐弁で言うと「洗面台やき、洗濯は、せられん」となる。

せられん・・・~してはいけない。を意味する言葉。土佐弁は、古典の言葉が、都から離れた高知で残ったものが多い。「せ・られむ」かなにかの古典の言葉だろうと古典文法を調べてみるが、私の能力では説明出来ない(笑)

 高知では、普通に使っている。標準語?では、「~られん」は、「やってられん」「見てられん」という感じで使われる事が多いようであるが、高知では「動詞+られん」で禁止を表す。「廊下を走られん」「笑われん」「見られん」「ほたえられん」(ばたばた暴れてはいけない)等々。

 で、そんな動詞をいちいち言わなくても「せられん!」で通じる。「いかん!ダメ!」という感じ。

 それにしても、トイレで洗濯している人がいて、「ここで洗濯せられん!」「せられんらあて、どこっちゃあ書いてないろうが!」(やったらだめだなんてどこにも書いてないじゃないか)と、書かれたものだろうと思うが・・・そのうち、「水浴び禁止」とか「洗髪禁止」「お風呂禁止」「ペットを洗うこと禁止」等々いろいろ書き足されるのか?・・・難儀である。

 なんぼ書いてなかったち(いくら書いてなかったとしても)、せられんもんはせられん

運動会

昨日(10月3日)は、午前中店をお休みにして、10月1日に雨で延期になった子供の運動会見物。

 天気もくもりで、いい感じ。と思ったら晴れてきて暑かった。

運動会のテーマは「勝っても負けてもNO1!」だそうです。高度経済成長期に生れ育った私は、最近の勝ち負けをはっきりさせてはいけない!という風潮が、ちょっと気にいらない。「欲しがりません!勝つまでは!」←これは古すぎ、追いつけ追い越せエコノミックアニマル?と育てられた私達の年代。

 なんとなく、順位をつけるのはいけない・・・というのは納得できないなあ・・・という古風なおやじのせいで、「ねえ、ボク100m早かったでしょう!」と喜んでいた私の息子は、「早かったっていっても、6人中5位じゃないか、早いも遅いもあるか!」と言われてちょっとむくれていました。

 やさしい言葉もかけてやれずに、すまぬ、息子よ・・・

 ちなみに、ケツから2番目というのは、小学時代の私の定位置です(笑)

長距離だと早かったんだがなあ・・・再びすまぬ!足が遅いのは遺伝だ!

ほいたら

土佐弁について、ちょっと書いてみようと思う。「高知のことば」というカテゴリを作ってみた。

 高知の言葉、としたのは私の学生時代から最近のこと、1970年代後半から現在、使われている標準語ではない言葉だからである。

 いわゆる昔話の方言ではなく、今に残る言葉。

 そのような単語をネットで調べてみると、徳島にも共通するものが多い。

 さらに、以前大学の先生が調査したものがネットにあったが(どこにあったか分からなくなりましたすみません)、土佐弁と共通する単語は、四国、広島あたりにまでその分布があるらしい。

 いろいろ考えていると、わけがわからなくなるので(笑)とりあえず、私が面白いと思ったものを書いてみる。土佐弁ではないかもしれないが、まあ、よしとしていただきたい。

 ほいたら・・・先日、学生服を着た高校生が道ばたで話をしていた。しばらく話していたが、不意に「ほいたら、おやぞ~」と言いながらわかれて、それぞれ帰っていった。この「ほいたら」をなつかしく聞いた。

 「ほいたら」は別れの言葉である。「そうしたらまたね~」という感じか?親しい間柄で使う。主に男性の言葉。

私達は「ほいたらにゃあ~」と使う。「にゃあ~」は「ねゃ」とも表記される。標準語の「ね」である。

 「おやぞ~」は「おやすみなさい」の省略形。他に「ばいぞ~」(GOOD BYEの意)も使う。 

 「おやぞ~」「ばいぞ~」は最近の学生がよく使っているようである。昔からの言葉が、微妙に変化しながらも使われているのが面白い。

音がないのでニュアンスが伝わりにくいが、「ほいたらにゃあ~」と言ってみてほしい。実際に口に出してみると、バカみたいなひびきの言葉である(笑)

 私は仕事関係で「ほいたら」はほとんど使った事がない。「ほいたら」と言われるようになったら、かなり近い、仲間の関係になったと考えて良い。

 「目指せ!ほいたら関係」である(笑)

 今日はこれでおしまい。ほいたら、また。

Noichi060924 写真は、山内一豊が建てた高知城・・・ウソです(笑)

 

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