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  • リバーランズの由来
    このBLOGのタイトル「リバーランズ」は、1992年の米映画「リバーランズ・スルーイット」からいただきました。ロバートレッドフォード監督作品。ブラッドピットもでてて、当時の話題作なので、レンタルビデオ屋さんにもあると思います。映像がきれいな作品です。機会があったら見てみてくださいね。

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春野町立郷土資料館

ひいとい、春野町立郷土資料館へいてきました。

「春野の城 土佐の城」~中世城郭から高知城への歩み~という企画展をやっています。(2月4日まで)

春野町は、高知市の南に位置する町で、来年には高知市と合併する予定です。数年前までは、春野球場で「西武ライオンズ」がキャンプをしていた町です。たしか「靴下長者」の松坂大輔も新人時代、この球場から高知市の宿舎まで峠を越えてランニングで帰ったことで話題になりました。余談ですが、その時も松坂フィーバーで、連日春野球場にファンがおしかけました。私の知り合いの喫茶店が球場のすぐ下にあるのでキャンプが終わったころ立ち寄り「忙しかったろう?」と聞くと、「あんまり人が来るので、交通規制になって、うちの前の道は一方通行にされて、超ヒマやった。」とどくれていました。人が来すぎるのも考えものです。

※どくれる・・・土佐弁ふてくされる、の意味

それはさておき、中世の城の話。

南北朝の時代(1336年から1392年)と応仁の乱以降(1467~1477年)城はどんどん築かれたそうである。このころは純軍事的施設が多かった。「土居」と呼ばれる家に住み、戦いの時は「城」に入った。

その後の戦国時代になってくると、「城」は、険しい山城から、比較的低い山に移りはじめる。城内に住むところをもうけた「居城」の形がでてくる。

 「居城」を中心として、たくさんの「出城」を持ちはじめる。

今見られる城跡の多くはこの時期に使われたものである。

実際に高知にもいろいろ城が残っているので、いくつか見に行ってみたいと思っている。

 メタボ対策も兼ねてちょっとした「山登り」である(笑)

甫喜ヶ峰森林公園

Hokigamine0701080001 ひいとい、甫喜ヶ峰森林公園へいてきました。

高知市から車で約1時間。お気軽な森林公園です。yahoo地図

下の管理棟までは何度かきたけれど、上まで行くのは今回初めて。

上の写真は植樹祭が行われた公園跡、標高600mくらい。

写真中央あたりが先日行った「国見山」になるのか、かなり良い見晴らし。

Hokigamine0701080003 南を見れば、かすんでいるものの太平洋と南国市あたりが一望できる。

三角点すぐ近くまで車で行ける。長男を連れて三角点へと歩く。

Hokigamine0701080002 三角点には、中世のお城の跡らしい土塁がある。

中世の城は、お城というより砦に近いもの。子供が立っているところが頂上をくるりと丸く囲んだ、高さ2mほどの土塁である。(最近、中世・・・戦国時代の頃のお城にも凝っている)

中にはもう木が生えている。

ネット等で調べてみても誰のものか分らなかったが、おそらく長曽我部に滅ぼされた本山氏あたりの物ではないだろうか?居城はもう少し北、吉野川沿いの本山町にあるようなので、出城の1つかもしれない。

 それはともかく・・・甫喜ヶ峰森林公園は、車で行ける道と、そこから出たいくつかの遊歩道があるので山歩き気分を味わうには楽しい所である。

子供連れでハイキングを楽しむには良い場所である。

(この公園は天皇陛下が植樹祭で訪れた所なので、これから先も、たぶんずっときちんと管理されてゆくと思います。こういう言い方は良いのかわかりませんが、まあ、それも現実ですね。)

四国の雪

1月10日の「仁淀川源流に向かうが・・・」ogikubo氏よりコメントいただきました。いつもありがとうございます。

さて、四国もたまに雪が降ります。

高知市内だと、年に3回くらいでしょうか。1月7日も降りましたがあっという間に溶けました。

四国山地では、けっこう降るようです。標高と(説によると1000mで気温6度くらい下がるようですね)、気候(海岸線より30K以上離れた内陸性気候)で降った雪も残ります。知り合いは、四国山地の冬の天気は島根県の天気とほぼ一致すると言ってました。

以前勤めていた大豊町の標高750m地点では、かなり降りました。花の開花で調べると、この場所は青森県の平野部くらいの気候となるようです。

スキー場は、主に四国山地の北側の標高の高い所に数カ所あります。しばらく行ってませんが、雪質は降雪機で人工雪を降らした所以外は悪いです。ゲレンデも狭く「とりあえずスキー場」という感じですね(笑)

 今年は、全国的に雪が少ないようですが、少ない雪を生かしてスキー場を管理するノウハウは四国のスキー場に学べばいいのに・・・などと思ってます。

仁淀川源流の町へ向かうが・・・

0701070082yananose 久しぶりの高知の仁淀川定点撮影(柳瀬橋上より)1月7日(日)午前10時頃の写真。水位渦ノ谷地点で水位0.74、不動地点▲0.82。国土交通省のデータより

水位は低いまんまである。まあ、冬だから仕方ないか。夕方5時前にいのの町の鉄橋のあたりで水温を測ってみた。12度くらい。

4月の四万十川くらいの水温である。気温が8度くらいだったので、水温のほうが暖かい。

 佐川町越知町は雪が積もっていたが、いのに抜けると雪がない。

子供は雪が見たいといい、私は昔の街道をたずねて(最近ちょっと凝っている)みたかったので、仁淀川を遡る。出来地から上八川川に入り、吾北からさらに小川川を遡り、国道439号を通り池川町に。このあたりの439もずいぶん改良工事が進んで走りやすい道になっている。吾北から池川までのルートもおそらく昔の街道跡であろう。

池川の手前柳野のあたり、それから池川の町。今の主要国道33号線から離れているにも関わらず、すいぶんひらけた場所である。

 昔の街道の繁栄を想像させる。

 池川の町からさらに494号線に入る。この道こそ今回いってみたかった伊予にぬける街道。道は狭く、すれ違いが出来る程度の道である。川を遡るように道が続く。途中集落を通過しながらどんどん山に向かう。

 0107000sakainozuidou01 やがて「関所跡」という場所を案内板に見つけるがどれかははっきりわからず。いずれにしてもこの道が「土佐」と「伊予」をつなぐ街道であったことには間違いない。

関所跡を通り過ぎると、峠道が始まる。(写真)山また山であるが、おそらく山越えするのに安全なルートが造られていたのだと思う。歩いて、または馬でたくさんの人が越えていったのかと想像するのは楽しい。

峠を登るにつれて道に雪が残りはじめやがて、チェーンなしの2輪駆動では危険か?というレベルになるが、昔、雪山に通勤して(笑)雪道を練習した経験を生かし?なんとか峠の頂上に。

0701070sakinozuidou02 「境野隧道」という名のトンネルを越えると・・・そこは雪国であった。(写真はトンネルを越えた所)峠を越えるとこれほど気候が変るとは・・・まあ、ここは久万高原町、スキー場のある町である。

少し歩いて峠を下ってみたがずっとこの状態が続きそうで、さすがにチェーンなしでは危険。

子供の雪あそびにつき合って、戻ることにした。

 戻る途中に神社を見つける。

0701070sakinozuidou03 こぢんまりとした小さな神社であるが、装飾がものすごく立派な、いわれのありそうな神社であった。

また機会があれば調べてみたい。

それにしても・・・高知の山の中は面白い。

高知県西南部中村(四万十市)

Akituio0701030049 竜串からの帰り、中村(現四万十市)に立ち寄り、「あきついお」に立ち寄る。土佐弁で「あきつ」は、とんぼ、「いお」はさかな、という意味らしいが、私は「あきつ」も「いお」も聞いた事がない(笑)。

Akituio07010302 土佐弁も、県の西の方では「幡多弁」と呼ばれる独特の言葉となる。単語はほぼ同じだが、イントネーションが違うのである。中村は戦国時代に逃げてきた一条氏が築いた町であり、京言葉のイントネーションが混じるようである。ちなみに南国市あたりの土佐弁は、阿波弁(徳島)と似ているようである。

Akituio07010303 さて、あきついお。2枚目の写真のような、里山の原風景が広がる。ここにいるトンボやメダカ等を残してゆこうと作られた公園である。最初はトンボ公園と呼ばれていたように思う。オープンして何年かして魚の水槽を増やし「あきついお」という名前になったように記憶する。

 リンクしてあるHPにもあるが、お楽しみは午後4時にある2mもある「ピラルクのエサやり」である。ちょうど4時前についたのでラッキーであった。

Akituio07010304 エサの小魚を放りこむと、「ジャボッ」という水音とともに食べてくれる。

この施設、私は大好きなのだが、どうも子供にはちょっとわかりにくいのかもしれない。学習館的要素がどうしても強くなるし、原風景として、「とんぼやめだかやザリガニをとった田んぼ」がイメージできないからか?

 タガメや太鼓打ちの水槽を見て、子供時代の近所の田んぼを懐かしく思い出してきました。

高知県西南部竜串

Tatukusi0701030021 さてさて、以前土佐清水市まででかけて、もう何年経つのか・・・昨年、一昨年と正月にどこかに出かけては風邪をひかせて怒られてばかりだったので、今年は暖かい所へ、と高知県西南部、土佐清水の竜串へ。

土佐清水に10年ほど前に仕事でかけたような記憶があるが、その時は写真の足摺海底館には行かなかったので、ここに来るのはもう20年ぶりくらいになるのかもしれない。

 足摺岬のある土佐清水市、とにかく遠いのである。中村(現四万十市)まで日帰りで出かけるのに充分気合いがいるのに、さらに中村から1時間ほどかかる。朝7時30分に高知市を出て、着いたのが11時30分。

 高速で走れば、高知から神戸くらいに行ける時間である。

 しかし、竜串はやはり暖かい。着いてみれば天国?である。足摺海洋館という水族館はHP見て、思っていたより小さかったが、よくまとまっていていい水族館である。

海洋館から、海底館まで歩いていける。海もきれいで珊瑚礁を見るグラスボートも(乗らなかったが)定期的に出ている。

 この海がずっときれいなままでいてくれたらいいなあ、と思いつつ竜串を後にした。

Tatukusi0701030022 マンボウは、一度の産卵で3億個の卵を産むそうである。なかなか大変だ。

岡豊山歴史公園

Okouyama06010101 1月1日。

家でごろごろしていてもかえって体調をくずしそうなので、真ん中の子供を連れて、桟橋にある高知市の管理する「わんぱーく高知」という施設にでかける。が、1月1日は臨時閉園。しかも親切にも?いつ開園するかも見あたらない。普通「何日に開園します」くらい書いておくべきだと思うが・・・まだまだサービスの基本ができてないぞっ!と思いつつ、高知駅の近くの公園で遊ぶが、それにも飽きたので、南国市に向かう。

Okouyama06010102 岡豊山歴史公園・・・高知県立歴史民族資料館のある山にある公園。長曽我部元親が桂浜に浦戸城を建てる前に使っていたお城の跡である。1枚目写真。右手が本丸のあった所、左手が、遊んできた出城「伝 厩跡曲輪(でん うまやあとくるわ)である。

1月1日にふさわしい良い景色?で、風もなく、人もいないので「厩跡曲輪」でのんびりと遊んできました。

Okouyama06010103 お城といっても、今の私たちがイメージする天守閣を持つ大きなお城の建物は、戦国時代後期、織田信長の安土城よりあと、秀吉の大阪城とかその時代らしい。まして僻地の土佐(高知)であり、また、長曽我部元親は、四国平定にお金を使い、立派なお城を建てて、勢いを見せるようなこともなかったらしい。

 だから、この出城も山頂の平らな所と、まわりに堀を掘っただけの作りである。(まわりに木の柵くらいはあったろうか)。

 以前、岡豊城の本丸の建物跡を見たが、今の普通の一軒家くらいの大きさで、敷地からもとても豪華なものは想像出来なかった。まあ、主要な家来を集めて会議するにはこれで充分であっただろう。

Okouyama06010104 高知市方向(西南)を眺める。国分川が流れ高知市あたりはかすんでいる。南をみれば太平洋も見える。

また時間あれば、長曽我部家の墓(この山の北の山ふもとにあるらしい)も見てみたいと思う。