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いの町加田城

Sirokada07013101 今日は、いの町仁淀川沿いの「加田城」に向かう。

加田のキャンプ場を越えて、少し走ると右に大きくカーブするが、そのカーブが終わったあたり(写真1)に右に上る道がある。その分かれ目に、階段がある。分かれ道の少し広くなった所に車を止めさせてもらう。

「忠霊塔」の石碑があるので、その階段を上る。

Sirokada07013102 階段はコンクリートで昇りやすい。途中、仁淀川もキレイに見える。

Sirokada07013104階段が終わったところにサイレンと放送の設備、それにステンレスの大きな箱(簡易水道の水をためる施設と思う)がある。そこを右に進むとすぐつきあたりに鳥居が見える。

鳥居の奥の神社の左に由来がかかれた石碑があった。

Sirokada07013103 賀田城跡(石碑の表記は「加」ではなく「賀」であった。)

城主井上又四郎。天文の頃築城。弘治二年(1556)本山氏侵攻の際、戦禍を憂い、戦わず城を明け渡し、下野しこの地に永住する。とあった。

無駄な戦い、負ける戦をしないというのも大将の英断である。

忠霊塔もあり、地元の人が手をいれて管理しているようで、土塁等もみあたらず、ただ石碑だけがその跡を記録するのみである。

木々の間からは、下の道からは見えない日高村あたりも見えて見晴らしも良い。散歩がてらに来られる場所である。

岡豊山歴史公園

1月1日にも行ってきた岡豊山歴史公園にでかける。

家のあたりでは北風冷たく、寒いかなと思ったのだが、やはり城をつくった場所、風もなくあたたかく良い場所である?と勝手に解釈して納得(笑)

Okouyama07012801 Okouyama07012802 今回は、虎口を見に行った。

虎口(こぐち)とは、城の入り口である。入り口は敵からの侵入を防ぎ、かつ打って出るときは一気に出られるように、と重要な場所となる。城によりいろいろなデザインがされているらしい。昔は「小口」と書かれたがやがて虎口と記されるようになったらしい。

Okouyama07012803 2枚目が、虎口を下から見たところ。虎口の手前は少し広くなり、そこから狭く坂になるので動きがとまる。そこで上(写真左手)から攻撃するようである。

3枚目が上から見たところ。中央左が虎口より上がってきた所。手前は四の段。ここで上がってくるものを迎え撃つ者が集まるのか。三の段に向かう道はヘアピンカーブの上り坂となり、右奥に続く。

Okouyama07012804 四の段の終わりから見える高知市の方向の風景。

伝厩屋曲輪跡と国分川。高知港も少し見える。

城山の所々にある梅も満開になっていた。日射しは春になってきている。

高知朝倉城

Siroasakura0701240002 先日行った企画展「春野の城、土佐の城」の冊子を見ていたら、高知県では約700の城館跡が確認されているそうである。

道は長く、そして遠い(笑)

さて、仁淀川沿い加田の加田城跡に行こうとしたが、なんだか工事をやっていて車を止めづらいので、後日に変更。

朝倉城に向かう。朝倉城は、高知市の西はじ朝倉地区にある。JR朝倉駅、の前を南へ。高知大学を左に見ながら少し走ると「朝倉城趾」の看板。

そこから測道に入り500mほど行くと1枚目写真の看板と公民館の建物がある。車を止める場所が特にないので、この看板の前に止めさせてもらってそこから山を登る。約10分。

Siroasakura0701240001 城の詰めでもある山頂は芝生広場になっている。

東に高知市内を見渡すことができる。

Siroasakura0701240003

山頂にあるいわれを書いた看板。高知市内にあるためか、城を焼いて廃城となったためか、住民が畑としていたため土塁等はなくなっているそうである。ちょっと残念。

Siroasakura0701240004 しかし、空堀、竪堀は随所に残る。

県内随一の規模をほこる中世の城という看板の言葉も納得。長宗我部元親が攻めあぐねた城らしいが、なかなかりっぱな城である。規模は長宗我部氏の岡豊城くらいある。

しかし、詰め以外の場所は、孟宗竹に覆われはじめ、垣間見えるが近づけない・・・という場所もいくつかあった。Siroasakura0701240005

もう少し整備、保存されてもいい、そう思える立派な城跡であった。

仁淀川沿いのお城

高知新聞社が10年ほど前に発行した高知県の地図で、仁淀川沿いのお城を調べていたら、なんだかいっぱいお城がある。あんまりあるので、さてどういう風に調べるべきか迷ってしまう。

 いくつか訪ねてみようと思ったが、史跡として看板等のない所もあり初心者としては困ってしまう(笑)

とりあえず・・・片岡城から下って、片岡氏のもう一つの城。あいの里の下の山中に柳の瀬城趾。工芸村の下手に神谷城趾(こうのたに)。成山の山中に成山城趾ともう一つの城趾。加田の山中に加田城趾。波川に波川城趾。春野町にも仁淀川近くにあるようである。

Sirohakawa0612030009 写真は波川城趾のある山。(中央鉄塔の建つ山頂)

なんだか大変なことになりつつあるが、なんとか少しずつまわってみようと思っている。

仁淀川 片岡城趾

Yananose070114002 高知の仁淀川定点撮影(柳瀬橋上より)1月14日(日)午前10時頃の写真。水位渦ノ谷地点で水位0.74、不動地点▲0.65

国土交通省のデータより。

少し北風が強いがよい天気。

Sirokataoka07011401_1 さっそく、高知の城めぐり。

仁淀川沿いに柳の瀬より上流に15分ほど行った、片岡地区。「片岡の沈下橋」のある場所である。

沈下橋に降りる手前の道沿いにお堂がある。13代片岡茂光が、旅人等を接待した茶堂ということ。この場所に片岡城の由来等があった。14代片岡光綱が、作ったのが片岡城。14代片岡光綱は豊臣秀吉四国討伐の際に戦死したとのこと。

Sirokataoka07011402 この茶堂に車を置かせてもらい、右に入り歩く。集落の中を歩いて坂を上る。最後に坂を上ると、ひろい場所に出る。

Sirokataoka07011403 旧妙福寺跡。14代片岡光綱の墓もある。城跡はさらに上の明神様の所であるとのことだったが、この上は、果樹園になっており、良く分らなかった。

Sirokataoka07011404 ベンチがあったので、そこより眺める。山に囲まれた集落と仁淀川。写真左端には「片岡の沈下橋」が見える。小学校も見えるが生徒数減少で休校になっているようである。

気持ちのよい風景である。

Sirokataoka07011405 小鳥が小さな群れを作っているので、見てみたらメジロであった。私が眺めていても逃げようとしない。

メジロは、夏場には山にいるが、冬になると里に下りてくるようである。

 この城は、やや平城(平山城)に近いようである。

茶道から歩いてすぐ。車でも行けるが分りづらいので歩いたほうがよいと思う。今度は明神様を捜してみようと思う。